気候変動とマラリア対策、日米の役割を討論 ー世界マラリアデー2021記念イベント報告㊤ー

世界マラリアデー2021(4月25日)を記念し、ZEROマラリア2030キャンペーン(運営事務局:Malaria No More Japan)は16日夜、気候変動が及ぼすマラリアへの影響とその対策を議論するイベント(オンライン)を開きました。

気候変動が顕著になり、マラリア流行の増加と地域拡大が懸念されています。国・地域間の人の移動も活発になり、地球規模の流行の可能性も指摘されるようになりました。日本もひとごとではありません。国際的なマラリア対策をリードしてきた日本と米国は今後どんな姿勢で臨むべきなのか、両国の行政関係者や研究者、政治家が活発に討論しました。

イベント報告の㊤では、世界と日本の気候変動と感染症の現状のほか、政治・行政、学術領域の対策の最新報告を中心にお伝えします。

※登壇者の経歴はこちらをご覧ください。

■気候変動と感染症のいま

世界や日本の気候変動の現状や各国の対策の最新動向について、小野洋・環境省地球環境局長から詳細が報告されました。

2019年の世界の年間平均気温は観測史上2位となり、この100年で0.74℃上昇。日本でも2019年の平均気温は統計が始まった1898年以降最高を記録しました。小野地球環境局長は「世界平均より日本の温暖化が早い。対策を十分に取らないと、2100年の気温はいまより1.1-4.4度上昇すると予測されている」と報告しました。

気候変動は感染症にどんな影響を及ぼしていくのでしょうか。

小野地球環境局長は、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書をもとに「現在のアフリカのマラリアの分布が気候変動により変化しているかはまだ明確にはなっていない」としたうえで「(気候変動の影響で)東アフリカの標高の高い地域でマラリア流行のリスクが増大する、というコンセンサスが育ちつつある」と、現状を報告しました。

日本での気候変動、または感染症への影響はどのように現れてくるのでしょうか。

気候変動による影響は、作物、自然生態系、サンゴ、自然災害、記録的豪雨、熱中症患者の増加など、すでに様々なかたちで産業面、生活面に現れています。

マラリアに関しては、日本では1900年初頭に約20万人の患者がいましたが、様々な対策が取られた結果、本州では1956年、沖縄でも1962年に消滅しています。一方、地球温暖化により、他の感染症の拡大が懸念されるようになりました。

その一例として、小野地球環境局長はデング熱などの感染症を媒介するヒトスジシマカの生息域が気温上昇とともに北上している様子を紹介。「デング熱や日本脳炎を媒介する蚊の生息域が拡大し、当然ながら発生のリスクが高まってくるといえる」という見方を示しました。

新型コロナがいまだ収まらない中、マラリア対策の現状はどうなっているのでしょうか。

G7主要国をはじめとする国際社会の協力でエイズ、結核、マラリアの三大感染症対策に取り組む「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」(グローバルファンド)の日本委員会ディレクターを務める大河原昭夫・日本国際交流センター理事長は「いま、新型コロナの対策に力がそそがれる一方で、アジアやアフリカでは、マラリアなどの感染症が脅威であり続けている」と話しました。

昨年新型コロナによるロックダウンで、支援地域では流行時期である雨季を前に蚊帳が配布できないという事態になりました。そこで急きょ、人海戦術で蚊帳を各戸に配ったといいます。

大河原ディレクターは「新型コロナの診断数とマラリアの検査回数は逆相関になっている。このためマラリアによる死亡数が今後増えることが指摘されている。これまでの成果が後戻りしないよう、既存の感染症の対策を緩めてはならない。また、SDGsの目標年である2030年、さらに新型コロナの危機を受け、今ほど世界の連帯が求められることはない」と述べ、日本の一層の貢献が求められていると強調しました。

 

■すすむ各国の協調と国内政治の動向

こうしたなか、気候変動への意識が世界的に高まり、2021年は気候変動に関する国家レベルの協議が相次いで開かれる予定です。

それに先立つ2020年10月、日本政府は「2050年カーボンニュートラル」を宣言しました。「カーボンニュートラル」は、温室効果ガスの排出量を「差し引きゼロ」=「ニュートラル」(中立)にする取り組みで、ほかの主要国も2050年までのカーボンニュートラルを目指すことで足並みをそろえています。

イベントが開催された16日には米ワシントンで日米首脳会談が開かれ、気候変動問題での協力強化策「日米気候パートナーシップ」が発表されました。

また4月22、23日の2日間に開かれた「気候変動問題サミット」では、首脳レベル40人が参加しました。これに合わせ、米国政府は2030年の排出量を2005年の50%~52%に減らす目標を発表、従来目標(26%削減)からさらに大幅に加速させました。日本政府も2030年の排出量を2013年度の46%に減らすと表明しました。

Malaria No More USの業務執行責任者、ジョシュ・ブルーメンフェルド(Josh Blumenfeld)氏は、イベントの中でバイデン政権が掲げる環境政策について「米国史上最も野心的なもの」との見方を示しました。

11月には「国連気候変動枠組条約第26回締約国会議」(COP26)が開かれる予定です。

日本が掲げる2030年、2050年の目標達成の方策として、小野地球環境局長は「太陽光、風力、水力、地熱などの再生可能エネルギーをどれだけ入れられるか、その際起きうる様々な課題をどうクリアしていくかがカギとなる」という見方を示しました。

国政レベルでも3月25日に「2030年までにマラリアをなくすための議員連盟」(超党派)が設立されるなど、マラリア対策への動きが活発になっています。

同議連会長に就任した塩崎恭久・元厚生労働相は「マラリアは世界で年2億人を超える人が感染し、40万を超える人が亡くなる深刻な病気。だが、日本の保健医療分野のODA(政府開発援助)の支出は残念ながら世界で6番目にとどまり、インフラ整備などと比べ十分貢献できていない」と話しました。

そのうえで、「この5年で保健医療関連のODAを倍に増やすための提言を自民党内でまとめ、官邸にそのための司令塔を作ってもらったところだ」と語りました。

 

■マラリアの発生予測の研究

気候変動は、想定外の感染症を広げる要因にもなります。

アフリカでマラリアの疫学研究を続けてきた皆川昇・長崎大学熱帯医学研究所教授は「マラリアは貧困の病気であり、気候変動の影響を真っ先に受ける層の感染症でもある」と述べました。

蚊帳の普及や有効な治療法は確立しているものの、財政の乏しい国では、流行時期以外の発生や急速な拡大が起きた際、診断キットや薬の準備が追いつかず感染が広がる危うさをはらんでいます。

そこで世界保健機関(WHO)では、気象データ予測に基づき、早い段階で感染症の流行予測を警報で出すシステムを提唱しています。その一環で、皆川教授は南アフリカで数年前から取り組んでいるマラリアの予測研究事業の成果を紹介しました。

海洋研究開発機構(JAMSTEC)のスーパーコンピューターで、大気と海洋がどう影響しあうかを再現したシミュレーションを使い、エルニーニョ、ラニーニャ、インド洋ダイポールモード現象といった海洋変動が起きる半年前、1年前には、ある程度の精度で感染症の発生が予測できるようになったと言います。

皆川教授は「予測事業が実現すれば、事前に蚊帳を配ったり殺虫剤を散布したりできるほか、薬も備蓄できる。コロナ禍のような身動きが取れない状況でも、予測データは共有できる。こうした取り組みが今後大事になってくる」と語りました。


※イベント報告㊦では、マラリア対策の専門家や保健医療政策に詳しい国会議員による、従来の対策の枠組みやその課題、今後とるべき対策やその提言を中心にお伝えします。

(㊦に続く)